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【 今昔操年代記 】

上方版 江戸版   
 
上方(享保12年)版
日本庶民文化史料集成、浄瑠璃研究文献集成、東京大学図書館霞亭文庫(905)を参照した。挿図は霞亭文庫当該丁へのリンクとした。
国会図書館古典籍資料に掲載されている  

今昔操年代記(いまむかしあやつりねんたいき)上之巻
目録
一 昔(むかし)の播磨風(はりまふう)
    浄瑠璃(しやうるり)の名取川(なとりがハ)
    流(なかれ)の末(すへ)は清水(きよミつ)の瀧(たき)
    落(おち)て別(わか)るゝ水引(ミつひき)の幕(まく)
一 中比(なかころ)の嘉(か)太夫風(ふう)
    笹(さゝ)の丸(まる)の高矢倉(たかやぐら)
    打(うつ)たり皷(つゝミ)太鼓(たいこ)の程拍子(ほどひやうし)
    能(のう)かゝりの音曲(をんきよく)笛(ふへ)に寄鹿(よるしか)[目オ]
一 今(いま)の世(よ)の筑後風(ちくこふう)
    一向(かう)一心(しん)の称名声(しやうめうこへ)
    あまねく響(ひゞ)きわたる
    和讃(わさん)の節付(ふしつけ)形見(かたミ)
    となる稽古本(けいこほん)
一 当世(たうせい)の上野風(かうづけふう)
    翁渡(おきなわた)しの面箱(めんばこ)
    もつてひらいた梅桜(むめさくら)
    出(で)かたりを松(まつ)
    見物(けんふつ)の鈴生(すゞなり)[目ウ]
 
近来(きんらい)操(あやつり)年代記序
 
つれ/\なる儘(まゝ)友(とも)かたらひ.生玉天王寺安居(やすい)清(きよ)水の辺(ほとり)にあゆミ知る人有て仮(かり)の足やすめ さつと仕(し)た料理膳(りやうりぜん)とつて薄(うす)茶.枕(まくら)引寄(よせ)四方(よも)山のはなし 襖(ふすま)一重(ひとへ)あなたに. わかい衆五七人集(あつま)り.芝居の噂(うハさ)とり/\の評判(ひやうハん).ひとりハ竹本門流(もんりう)と見へ.筑後(ちくご)芝居の贔屓(ひいき)口 今壱人ハ豊竹門弟(もんてい)と打見へ.上野(かうづけ)のかたをもつて.出るまゝの討(うつ)つこたへつ 今日(けふ)の慰(なくさミ)是(これ)ならんと耳(ミヽ)の垢(あか)取てきくを知らぬが仏様(ほとけさま).竹本方の云.「今世にもてはやす浄留璃(しやうるり)皆筑後風なり.さのたまふ豊竹ハ[1オ]文弥風(ふう)かせつきやうか 風義かハリたる音曲(をんきよく)ならハ息筋(いきすち)はつて申さるゝもことハリ.筑後風を学(まなバ)るゝ上ハ竹本芝居の善悪(せんあく)かたく御無用」と座を打てのゝしる 豊竹方つつと出.「一通(とをり)り尤也.まつたく竹氏を譏(そし)るにあらず 義太夫とて生立(をいたち)からの名人にてもあるまじ 行年(かうねん)つもり/\て今名将(めいしやう)の名(な)をあぐる.是(これ)一芸(けい)の修行(しゆぎやう)積(つも)りしゆへ也.其年数(ねんす)をくらべてハ豊竹上手也といふがあやまりか.竹本仕出しの音曲といふにてもあらず 古播磨のながれを汲(くん)で其流(りう)義をかたらるゝからハ豊竹もおなじ事也.殊に近来(きんらい)の浄留り.第一趣興(しゆこう)文句のはだへ[1ウ]むつかしけれバ.あたるハまれにしてあたらぬハつねなり 何程名人の太夫にても浄留璃不作にてハ評判あしゝ 今筑後最来(さいらい)あつてもむかし播磨太夫のかたられし四天王事の上るりあてがハヾ見物(けんぶつ)おもしろしとハいふまじ.しかるに播磨ハ.何ほどあらき浄留りにても諸人(しよにん)好(すけ)る様(よう)にかたらるゝハ名(めい)人といふにあらずや.」竹本方云.「それハ時〃を知らぬといふ物.今の浄留りを播磨どのにかたらさバどのやうにふしを付てかたり給(たま)ハん.頃日(このころ)の浄留り五段昔の三十段よりながし其とき其心に応(あう)じて.見る者聞(きく)者なれば一図[2オ]に播磨太夫を.名人とかたよらるゝハくだから天を覗(のぞ)くにひとし 出なをされよ」と云ふ.豊竹方「さの給ふかた/\こそかたいぢといふ物 既(すで)に今浄留理をかたる人なく かたらぬ者もなき時節(ぢせつ).たへず筑後のふし事を第一に稽古(けいこ)仕(す)る人.大かた播磨の景(けい)事おの/\さきにかたらるゝ宮嶋(ミやしま)八景(けい)・長生殿の四季・屏風(ひやうぶ)八景.此類(るい)数(す)百段奥(おく)の巻に記(しる)すゆへ爰に略(りや)す.惣して播磨風の音(をん)ハ何れかまねる人なし.此太夫を譏(そし)るかた/\めい/\宗旨(しうし)の祖師(そし)笑(わら)ふにおなじ.あなもつたいなや おそるべし/\」竹氏方かふりを振(ふり)「此方の師釈の道喜(たうき)[2ウ]ハ浄留り音曲の精(せい)といふもの むかし/\祖父(ぢい)とばゝのはりまハそんぜぬ 当流珍美(しやうび)する所の竹本氏ならて此道の司(つかさ)ハごわるまい」と両方腕(うで)まくりひたひに血筋(ちすじ)をはつて既(すて)にけんくハになるへき所に 七十あまりの老人二重(ふたへ)の腰(こし)にじゆずをつまぐり よろ/\よハ/\立出「是わかい衆 れうじめさるな 此口論(こうろん)せつしやもらひました 双方(さうほう)互に一利屈(くす)有ておもしろき評定(ひやうでう) 筑後上野身に取ての満足此上何かあらん さいぜんハ東西(とうさい)の評論 其かハりを聞むとおもひの外播磨太夫にころび仕廻(しまい)付(つか)ず今舎(しや)利/\仏浄るり太夫に出現(しゆつげん)せられても此源(ミなもと)の元(ぐハん)[3オ]
 
[挿図] [3ウ][4オ]しミづのい戸きよ水くハんおんこわや/\上るりのけんくハそふなまづまつた 
祖(そ)たる播磨太夫に善悪(あく)いふ人覚ず.殊におの/\としわかにして物のしやべつもわきまへず.当前の事ばかり利屈(りくつ)はつて其根(もと)を知らす 出ル儘(まゝ)の我儘.我等当年七十五才 若かりし時より此筋の音曲に身をよせ.播磨風より段/\筑後豊竹の浄るり.替る度毎(こと)見物せぬといふ事なし.とりわけ播磨になづミ深(ふか)く.此流義をもつはら稽古(けいこ)いたしぬ 歯(は)ハ一枚もなけれど.冨士(ふし)の牧狩(まきかり)の道行.今語るを聞(きい)てハもどかしゝ かく同席(とうせき)につらなる事ふしぎの縁(ゑん).此流義の発旦(ほつたん)より是迄の因(いん)縁を咄.それ/\の門にゆうゐんいたさん.羽ぬけ鳥にて舌(した)のまやらぬとおちた所は御免/\」[4ウ]
 
浄瑠璃来暦(らいれき)
 
浄瑠璃諸人(しよにん)もてはやし口ずさむ事 昔(むかし)井上市郎兵衛といふ人音声(をんせい)たくましく ふしはかせかいぐ等に心を付ヶおのれと此一流(りう)をかたり出し 終(つい)に操(あやつり)芝居を取立 程なく受領(しゆりやう)して井上大和掾藤原の要栄と名乗(のり) 其後大和を改(あらた)め井上播磨掾と云(いゝ)しより 今に播磨風(ふう)といへり 播磨太夫生年(しやうねん)の比より音曲を好(この)ミ フシ.ヲクリ.三重.ヲン.フシヲクリ.ハル.ギン.此類(たくひ)に心をくばり.なかんづく うれい.修羅(しゆら)を第一にかたられしかバ.見物(けんふつ)なづきをさげ.めい/\口まねせんとすれ共.其比は床(ゆか)[5オ]本かたく閉(とぢ)て.弟子(でし)たらんにもむさとゆるさず.勿論(もちろん)稽古(けいこ)本といふ事なく.漸(やう/\)聞書(きゝかき)にして.一行(くだり)二行つゝおぼへ.夜あるきの友(とも)となしぬ.いまだ大坂に浄るり本屋なく.つてをもつて替り浄るり出れは.前の浄るりをこんもうして.京にて是を板行(はんかう)するといへとも.しらミ本といふに五段を書(かき).その間(あい)/\に.一段/\の絵(ゑ)をさし込(こミ).童子(とうじ)のもてあそびとしてひろむる.まつたく稽古人(けいこにん)の助(たすけ)とならず.やうやく播磨太夫手筋より.心斎橋筋三津寺辺(へん)に.書(かき)本を商売(しやうばい)仕(す)ル井上弥兵衛といふ人.太夫のゆるしを請.語(かた)り本の内.道行四季(き).神落(かミおし)[5ウ]なとを乞請(こひうけ).是を書本にして稽古(けいこ)人(にん)の助(たすけ)となしぬ.其外段物望(のぞ)む衆中.伝(つて)をもつて弟子と成.ふし口伝稽古するといへとも.むさとおしへず むさと弟子をとらず
▲ 序に播磨太夫名人といふいはく.今おの/\もつはら稽古(けいこ)なさるゝふし事.何ぞといへば市郎丸ひでとら.安芸(あき)の国いつく嶋に着(つき)しかバ.わに口ならしぬさをとり.神慮(しんりよ)をすゞしめ奉ると.宮嶋八景のけい事.是にかぎらずあまたある.中にもおもしろきハ
一 掛物(かけもの)ぞろへと云ハ  頼義(よりよし)北国落(ほつこくおち)の内也[6オ]
一 歌仙(かせん)之段と云ハ  菅原親王(すがわらしんわう)の内也
一 宮嶋(ミやしま)八景と云ハ  源氏(げんじ)築紫合戦(つくしかつせん)之内也
一 しほがまの段と云ハ  頼光(らいくハう)跡目論(あとめろん)之内也
一 馬の段と云ハ  同断
一 屏風(ひやうふ)八景と云ハ  金剛山(こんかうせん)合戦之内也
一 清明(せいめい)神(かミ)おろしと云ハ  花山院(くハさんのいん)之内也
一 七夕祭(たなはたまつり)と云ハ  道(たう)寸軍法競(くんはうくらべ)の内也
一 五天竺(てんぢく)と云ハ  日本王代記(につほんわうたいき)
一 長生殿(せいてん)四季(しき)と云ハ  源氏熱田(あつた)合戦の内也
これらのたぐひかぞふるにいとまなし.尤文(ぶん)から古風にしていやしく.地よミおもしろからず.たとへば松のかれ[6ウ]木にひとしく.すんとしてとりじめなく.道行なんど名所(めいしょ)方角(ほうがく)前後(せんご)し.文(ぶん)にくり事有て乱(ミだ)れたる糸のことし.然るに井上.音曲そなわりたる妙(めう)にハ其乱れをほどき.其かれ木のふし/\の中より.いろ/\の音声(おんせい)を出し.様/\のふしを編(あミ).末(すへ)の今まで竹本氏豊竹氏.是をもちゆる 勿論(もちろん)其流(なかれ)をくむ輩(ともから).此太夫の景事語らぬと云ふ人なし.しかれバ此播磨太夫浄るりの祖師(そし)といふに誰(たれ)か一点(てん)をくハゑん○播磨太夫一生(しやう)のふし事数(す)百段(だん)あり.是をあつめ.全部三冊にして西沢(にしさハ)所持(しよぢ)の板行ありといへども.辰のとし焼失(しやうしつ)して[7オ]其外題(げだい)のミ残(のこ)りぬ 
○ 有比京四条の芝居より勧進元(くハんしんもと)下(くだり).播磨太夫一座を買請(かいうけ)京都へ登りたまふ.井上初(はしめ)ての京入.吉日良辰(れうけん)をあらため.始(はしま)る初日頼光跡目論を出されしに.人形あやつり道具(だうく).役者(やくしや)に至(いたる)るまで美(び)をつくし.見物のお気にまいるやうに.座中気をはりゆミ.思ふつほにあたりめ厳(きび)しく.京中の評判(ひやうばん).よしやよし野の花見より此芝居と.日〃(ひゞ)に見物入まし.はりま殿の外聞(ぐハいぶん)目出申納ぬ.木戸役者より御(を)目出たの酒肴(さかな).せいろう山をなし.大坂よりハ門弟(もんてい)[7ウ]知(しる)べのもの.聞(きゝ)およびの生鯛(なまだい)生貝(かい).鱧(はも)太刀魚(うを)のひかり芝居をてらし.毎日の酒盛(もり).千秋楽万歳楽と祝びの中.太夫本心地あしきと.仮初(かりそめ)の風重(をも)/\しく.京中にてあらゆる天医(い)入かハり.療治(りやうぢ)の匕(さじ)をつくすといへども.かぎりの命にてや有なん.次第/\にげんきおとろいぬ.目ずいしやうの都人にまで名人(めいしん)とよばれ.ほまれを夢の内にたのしミ.終(つい)にむじやうの風にさそハれ.五十四歳(さい)を此世の見おさめ王城(わうしやう)の土(つち)となりぬ.皆/\あん夜にともしびをうしなひ.せんかたなきからを長明寺(ちやうめいじ)[8オ]おくり.昨日(きのふ)にかハる石塔(せきたう)戒名(かいミやう)ばかり残(のこ)しぬ.おもヘバおしき命.京大坂の男女(なんによ)おしなめ袖(そで)をしぼり.南無妙法蓮花経をとなへ.忌(き)日名(めい)日とふらいぬ
▲ 播磨死(し)後井上市郎太夫石屋三右衛門事尾崎権左衛門此両人芝居を勤(つとめ).勧進元(くハんしんもと)約束の日限(げん).つゝがなく仕舞(しまい)難波(なにハ)にくだりぬ.其間(あいだ)の浄るり.業平(なりひら)一代記.太識冠(たいしよくハん)知略(ちりやく)の玉取(とり).跡目論(あとめろん)以上三番にて止(ヤミ)ぬ.是より市郎太夫.段/\立身(りつしん)して一分のやぐらをあげ.新浄るり源氏十五段.五大力ぼさつなどめされしかど.はか/\しからず終(つい)に立ぎへ[8ウ]にして其おわる所を知(し)らず
○ 播磨弟子の内清水理兵衛と云ふハ。此安居(やすい)天神の南(ミなミ)に住所(しうしよ)をかまへ浪花(なにハ)の腹(はら)ふくれ衆をあつめ。碁(ご)将棋(しやうぎ)茶(ちや)の湯。連俳(れんはい)の座敷なれ共 あるじ。はりま風(ふう)をかたり出せしより。皆音曲(をんきよく)けいこ場(ば)となれり。もとより理兵衛井上流(りう)をたんれんし。かたをならぶる者(もの)なし。聞(きく)人我も/\と尊敬(そんけう)うやまいもてなしぬ。元来(くわんらい)料理(りやうり)屋を商売(しやうばい)し安楽(あんらく)のくらし。寝(ね)ても覚(さめ)ても。立にも居るにも。ヤア天めい知らずの頼近(よりちか)めや。子として親(おや)を調伏(てうふく)仕(す)る事[9オ] 其声(こへ)天に響(ひゞ)き今播磨といへり。遊(ゆう)人連一ぱいきげんのあまり理兵衛を招(まね)き。あつたら浄るり此まゝ捨(すて)んものこりおほし。芝居興行(かうぎやう)し幕(まく)あげさせんと。なんなくていしゆをそゝりあげ。おもひ/\こゝろ/\に。銀をもちよりまんまと一座を組立(くミたて)。櫓(やくら)まくはなやかに。新作(しんさく)にて上東門院(とうもんにん)と云ふ浄るりをかたり。町中めづらしく山をなしけり。然れ共。なじみある播磨の花香(はなが)うせず。見物なじミなきと。珍(めづら)しき浄るりなきとに行当(ゆきあたり)。中ば芝居も止(やミ)ぬ。此時天王寺の五郎兵衛と云ふ人竹本筑後事[9ウ]理兵衛ワキをつとめ。初て床(ゆか)になをつてかたる。此五郎兵衛竹馬(ちくば)より播磨風に心魂(たま)をとられ。節季(せつき)知(し)らぬ農行(のふきやう)の業(わざ)をすて。あけくれ浄るりに気をうつし。太夫号(がう)をよび。京四条川原の芝居におゐて。清水理太夫とあらため。日本(につほん)王代記。松浦(まつら)五郎など云ふ浄るりをかたるといへども。はか/\しからず。出たり引込(ひつこん)だり。半年(はんとし)つゞかぬ芝居。見るに気のどくの天窓(あたま)をかきぬ
○ 宇治嘉太夫といふハ。紀州(きし)和哥(わか)山宇治といふ所の人也。幼少(ようせう)より音曲(をんきよく)に妙(めう)そなわり。第一謡(うたひ)ヲよくたんれんし。[10オ]なり物一(ひと)とをりうとからず。ふしはかせかなかいぐまでにこゝろを付(つけ)。一芸(いちけい)何(なに)よらず人より上(かミ)にたゝん事をねがひ。ふと播磨風(ふう)におもひ付。朝暮(てうぼ)是(これ)に枕(まくら)をわり。ついに京にのぼり竹屋庄兵衛に蜜談(ミつだん)し。あやつり芝居(しバゐ)を興行(こうぎやう)し。伊勢嶋(いせしま)宮内(くない)が名(な)代をもつて。浄るり宇治嘉太夫と大看板(かんばん)にしるし。新作にて虎(とら)遁世記(とんせいき)といふかたり出しぬ。播磨風(ふう)をおもてとし。ふしくばりこまかに。よハ/\たよ/\。うつくしくかたり出せバ。京の見物(けんふつ)あたまからお気に入て。思ひの外ひやうばんよく。段/\新作の浄るりを[10ウ]出し。人形いしやうまできれいにこしらへ。一年(とせ)あまり首尾(しゆび)よく勤(つとめ)。三年めの正月より天王寺五郎兵衛をワキにかゝへ。西行(さいきやう)物語(かたり)と云ふ浄るりの二段目。藤沢(ふちさハ)入道(にうたう)夜盗(よとう)の修羅(しゆら)を。五郎兵衛かたられしが。元来(もとより)大音(をん)にて甲乙(かんおつ)ともにそろひ。まないたに釘(くぎ)かすがいを打(うつ)たるごとく。何程(ほと)の大入にてもとゞかぬといふ事なし。字(じ)どめ字頭(じかしら)の文字(もじ)きへず。文(ぶん)のあやよく聞へけれバ。見物よろこぶ事かぎりなし。嘉太夫も五郎兵衛浄るりにハ心おき。後(のち)/\我ほこさきの甲斐(かい)になるべきハ此男と。云(いわ)れしハさすかの加太夫ぞと後(のち)にぞおもひ知(し)られぬ。[11オ]されバこそ筑後風(ちくこふう)とて。国(くに)/\浦(うら)/\まで口ずさむ。くれないハそのほにうへてもなり
○ 嘉太夫水魚(すいきよ)のごとくむつまじき庄兵衛と。芸(げい)の筋(すじ)より互(たがい)のゐぢを云(いゝ)つのり。終(つい)に中あしく。たちわかつて竹庄方(かた)にハ一座を取組(とりくミ)。五郎兵衛を太夫にして一(ひと)まづ京地をはなれ。西国にくだりぬ。然れ共加太夫ひるまつ。日〃(ひゞ)にはんじやうし程(ほと)なく受領(じゆれう)し。加賀掾(かゞのぜう)宇治(うぢ)好澄(よしずミ)とあらためしより。町中いよ/\此流(りう)をかたり出し。あまつさへけいこ本八行(くたり)を。四条小橋(はし)つぼやといへるに板行(はんかう)させ。浄るり本に謡(うたひ)のごとく[11ウ]フシ章(しやう)をさしはじめしハ此太夫ぞかし。名(めい)人ハ播磨。上手ハ加太夫也。取分(とりわけ)世継(よつき)曾我(そか)より諸(しよ)人もてはやしけり
○ 竹庄 五郎兵衛を同道し。宮嶋(ミやじま)の市を仕舞(しまい)。大坂に登(のぼ)り。今の竹田外記(けき)芝居をかり。天王寺五郎兵衛といふ名をかへ。竹本義太夫と改(あらた)め。やぐら幕(まく)。まりばさみの内に笹(さゝ)の丸のもん所。今につたへ此まく也。其比ハ貞享(ぢやうけう)三年。丑の年(とし)にてぞありけり。浄るりハ嘉太夫致(いた)されし世継(よつき)そが。是義太夫出(しゆつ)世のはじまり。町中の見物此ふし事になづミぬ
  げにうけがたき人のたいを受ながらと 二段目待ッ夜の恨[12オ]
  さりとてハ恋はくせ物皆人のと 三段目道行
立(たつ)子這(はう)子。此二(ふた)所のふし事口まねせぬ者(もの)なし。次のかハりあいそめ川梅(むめ)の名よせ。道行のすミとすゞりの濃(こい)中をはやらし。続(つゞい)て三のかハりいろはものがたりの獅子(しし)の乱曲(らんきよく)。道行のなつのゝしかのまき筆にて手習(ならい)させ。其(その)暮(くれ)ハ堺にまかり いよ/\評判(ひようばん)よく。義太夫ふしハ。播磨此かたの浄るりと見物におもひつかし。其年(とし)のくれ心よき越年(おつねん)。是義太夫大音にて万そろひたるうへに。理兵衛嘉太夫を呑込(のミこミ)。おもしろきふしを付てかたらるゝハ。鬼(おに)にかなさいぼう[12ウ] なんでも三味(しやミ)をべづしてハ出(しゆつ)せの門(かど)ハひらきがたし
○ 其明(あけ)x(とら)の年(とし)。京宇治加賀掾難波(なにハ)にくだり。今の京四郎芝居にて。西鶴(さいくハく)作(さく)の浄るり。暦(こよミ)といふをかたられけれバ。義太夫方にハ賢女(けんぢよ)の手習(てならひ)新暦(しんこよミ)として両家(りようけ)はりあい。ついに義太夫浄るりよく。嘉太夫がた止(やミ)ぬ。其次(そのつき)のかハりかいぢん八嶋(しま)。是も西鶴(さいくハく)作にて。評判(ひやうばん)よき最中(さいちう)出火(しゆつくわ)して。加賀(かゞの)掾ハ是限(きり)にして京へのぼられ。又〃なじミ有都におゐて。操をはじめ。だん/\珍(めづら)しき浄るりをかへ。音曲(をんきよく)修行(しゆきやう)。三十(ミそじ)余(あま)り。花落[洛](くわらく)におゐてたのしみ。宝永年中[13オ]卯の初春廿一日往生(わうじやう)し。自証院(じしやうゐん)本浄道融(ほんじやうたうゆ)居士となれり。世ハ夢現(ゆめうつゝ)ぞかし。其年ハ七十七歳にてぞ有けり。 義太夫×(とら)の年(とし)二の替りハ。近松に縁(えん)をもとめ。出(しゆつ)世景清(かけきよ)といへるをこしらへ。是にて月を重(かさね)。其後のかハり源氏(けんじ)移徒(わたまし)祝(よろこび)但し頼朝(よりとも)七騎落(きおち)也。是も評判(ひやうハん)よく。町中口まねする所に。佐ゝ木大鑑(かゝミ)並に藤戸(ふちと)の先陣(せんぢん)。松よひしぐれ相(あい)の山の道行。おもひ川ほさぬ袂(たもと)のかたり出し。珍敷(めづらしき)趣興(しゆかう)と。はし/\角(すミ)/\。此道行(ミちゆき)けいこせぬといふものなく。是より義太夫ぶしともてはやしぬ。[13ウ]そのうへに近松門左衛門。つゞいて新作をこしらへ。追(おい)/\おもしろき趣興(しゆかう)に。かハり文句(もんく)はたらき。義太夫のかたり盛(さかり)り。日ゞ夜(や)ゝ音声(をんせい)に実(ミ)のりふし詞(ことハ)に花を咲(さか)せば。聞(きく)人見る人此太夫ならでハともてはやしぬ。なれ共其比ハ。かぶき芝居あたりおほく。殊(こと)に出羽にハさま/\のからくりなどし。見物諸方(しよはう)にわかれバ。さのミ大入。大あたりと云ふ事なく。しぶらこぶらの見物。なれ共こたへもこたへたり。剰(あまつさへ)筑後掾藤原博教(ひろのり)と。受領(じゆりやう)迄申請(うけ)。西国(さいこく)おもて。山路(じ)ふミわけ木こる杣(そま)人。海辺(うミべ)に迷(まよ)ふ海士(あま)の子も。御いたハしやせミ丸と[14オ]いヘバ。又とこ闇(ヤミ)の雲(くも)はれて。日月(じつげつ)ひかりかゝやけりと。よし野(の)忠信(たゝのふ)のさいもん。何所(どこ)からどこまでいかぬものなく筑後の掾のいせい。夜(よ)まし日増(ま)しの繁栄(はんゑい)。芸者(げいしや)のほまれ四方(よも)にかゝやくといへども。ほつこりとした蔵入なく。三八の十八にてあハぬそろばん。胸(むな)ざん用あふてあハぬハ世間(けん)なミ。次(つぎ)のかハりの談合(だんかう)。一ッ盃(ばい)庄兵のばゝさまさしあひ。さしミハ鯉(こい)にこせう。あたり浄るり何をかするめといふ所へ。やれ曾根崎(そねさき)の天神で。見事な心中有馬(ありま)の薬師(やくし)。薬(くすり)がまハつた。是を一段浄るりにこしらへ。そねさき心中と外題(けたい)を出しけれバ。町中[14ウ]よろこび。入ほどにけるほどに。木戸も芝居もゑいとう/\。こしらへに物ハ入らず。世話(ハ)事のはじめといひ。浄るりハおもしろし。少(すこ)しの間(ま)に余程(よほと)のかねを儲(もふけ)。諸方のとゞけも笑(わら)ひ顔(かほ)見てすましぬ。此上に望(のぞミ)もなしと後生(ごしやう)心に成(なり)。きめうむりやうじゆ如来に身をまかせ。芝居も是切(これぎり)に安楽国土(あんらくこくど)きハめんと。明暮(あけくれ)御堂(ミだう)に参り。あさじ日中(につちう)お八つをかゝさず。一心ふらんにしやうしんげ。御和讃(わさん)のふし猶(なを)殊勝(しゆしやう)にきこゑぬ。折ふし竹田氏参会(さんくハい)し。未(いまた)老木(らうぼく)といふにもあらず。今町中しやうびする所に。おもひもよらぬ引込(ひつこミ)じあん。二三年勤(つとめ)て[15オ]給(たまハ)らバ。拙者(セつしや)座本仕。万事の世話を引請。義殿内証(ないしやう)入用(よう)銀。御用(よう)次第(しだい)つゞけ不自由(ふじゆう)させまじと。同行衆(だうぎやうしゆ)を以(もつ)て頼(たのミ)しかバ。下地ハ好(すき)なり御意(い)ハおもし。いか様(やう)ともの詞(ことバ)をきわめ。盃(さかつき)すんで其暮(そのくれ)。かほミせ浄るりといふをはじめ。用明天王(ようめいてんわう)職(しよく)人鑑(かゞミ)。作者近松門左衛門をかゝヘ。太夫竹本筑後掾。座本竹田出雲と看板(かんバん)並(なら)べ。三段目かね入の出がたり。泪(なミたかハ)川恋(こひ)のこほりにとぢられて。身を切くだくおもひより。うき川竹ながれの身。辰松(たつまつ)八郎兵衛出(で)づかひ身振(ふり)よく。見物の気をとつてのかね入蔵(くら)入。目出たくかハり[15ウ]/\の首尾(しゆび)よく かほよ哥かるたといふ浄るり迄語り それよりふと病付(やミつき)たまひぬ。日本一の太夫今一度とゝめ度いろ/\と療治の手をつくし。人参の山を積(つん)てとゞめんとすれども。かぎりの命ハとゝめがたくもはや末期の水も通さず。おしや六十四才を一期(ご)とし。正徳四年九月十日を此世の見おさめ めいどかうせんの旅しバゐにおもむき給ふ。門弟数十人。白無垢(しろむく)の数をそろへ。なく/\野辺におくりむじやうの焼となしぬ。竹本氏門流(もんりう)あまた有中に。豊竹上野ハ其流義をまねると言ふ心さしより。天王寺念仏堂のむ[16オ]
 
[挿図] [16ウ][17オ]井上播磨掾しほがまのふうけいらいくハうあとめろん我も/\もといそべに出ていざ/\しほをくまふたんふ/\大あやつり 
かひに石塔をきざミ。釈道喜。施主豊竹上野としるし置ぬ。心あらん人/\名日にハ参詣(さんけい)あるべし
○ 豊竹若太夫事若輩(しやくはい)の比より竹本流義を学ひ。家業ハよその事にして.毎日芝居に入込(こミ)。けいこおこたる事なし。其比ハ竹本采女(うねめ)といへり。年拾八さいの比。筑後跡芝居におゐて。傾城懐(けいせいふところ)子と云ふ浄るりをかたられしかど。しか/\の事なく其年もくれ。あけのとし東立慶(ひかしりうけい)しハゐにて。道具屋吉左衛門永嶋重太夫。其外門弟あまた寄合。素浄るりの出かたり。是もはか/\しからず半(なかバ)にて止(やミ)ぬ。それより修行[17ウ]の為爰かしこにくだり。其もとり堺南の端(はし)にて芝居をとりくミ給ふ。折ふしいとやの娘(むすめ)。手代の久兵衛と蜜通あらハれ娘をつれ万代(もつ)とやらんへかけ落(おち)。はたけの井戸に身を投(なげ)両人共に死たり。是幸(さいハい)の心中と俄に一段浄るりに作り。さつとした道具拵六つきにして。心中泪(なミた)の玉の井と云ふ外題(けだい)を出しけれバ。所の事といひおもひの外あたり。究の日限(げん)仕舞(しまい)大坂に帰り。長門九郎兵衛とかたらひ。相座本にて舞のしバゐにやくら幕。豊竹若太夫とあらため。はなやかなる看(かん)板。さかいミやげ心中泪(なミた)の玉の井と出しける。[18オ]春比筑後がたにハそね崎心中。両家おなじやうなる仕組(しくミ)。玉の井の奥。久兵衛おち道行の内に。さのミじミ/\なけかずとあゆましやれ。さきにハ鬼ハないものと。初冠(ういかうふり)より町中に口真似(まね)させ。次のかハり金五郎うき名(な)の額。是も一段浄るりにて茶屋名よせの道行に。まことに小さんと我中ハあのほり詰(つめ)の二ッ井戸。どちらを見ても深(ふ)けれバと。浪花(なにハ)のわかい衆によろこバせ。そね崎道行同前に。此稽古本京大坂の浄るり本や。門(かど)をならべ板行(はんかう)してひろむ。あたまから見物にのミこませしハ。太夫になるべき五音の調子(てうし)聞(きく)人かんじけるとなり[18ウ]その明[宝永元年]東岸(かん)居士をかたり。それより備中にくたられし内 泉州築(つく)能といふ人舞のしばゐをもとめ。やくらハ浜の竹田にゆつり。芝居をつふし かし家となしぬ 其折ふし出雲より。此太夫を助分に頼たきのよし たび/\云来(いひきたり)ぬ 太夫留主なれ共親の子を思ふしあんこそあらめ。心よくすまし究(きハめ)の盃すんて。太夫登られ。右の品かたられしかバ心よく請合。出雲芝居へ出られ。用明天王二段目の役見物筑後と聞まがへるほとにそありける。二年つとめ其暮。河内や加兵衛といふ此道の粋(すい)方。あやつり芝居におもひ付。是非[19オ]くハだてんと。豊竹辰松相座本とし。篠(さゝ)の丸のやぐら幕。浄るりの作者(さくしや)紀海音(きのかいをん)。新作追/\出しけれバ町中余程(よほと)御贔屓(ひいき)の見物おほく。御取立によつて上野少掾藤原重勝と口宣(くせん)を請(うけ)つぎ。其明鎌倉三代記といへる浄るり。是迄の大あたり。大黒舞のふしこと我も/\とけいこするもの多(おほく)。夫よりのかハり さのミあたりといふ事なし。なれとも根つよく一座をもちかため.折にふれ時によつてハ。和哥山奈良さかいへも罷り.さき/\の評判(ひやうハん)よく。卯のとし村上嘉介作にて。建仁寺供養といふ浄るりを出し。明辰の二月[19ウ]より頼政追善芝(よりまさついセんのしバ)。大出来(てき)大あたりにて。町中他国(たこく)の見物(けんふつ)此しバゐにかたより。三月廿一日木戸口はりさく大入。近年の不仕合(ふしあハせ)取(とり)かへさんと。はづミきつたる所に。其日中(につちう)より出火夥(おひたゝ)しく。手と身とになるハ世間(けん)なミ。され共操道具(あやつりたうぐ)を助(たすけ)。漸(やう/\)さかいに立(たち)のき。様子(やうす)を見合せ。ふつがうなる道具そこ/\にこしらへ。初(はしめ)の四月廿三日を初日と定(さため)。建仁寺(けんにんじ)くやうを出し。閏四月十五日より頼政。此二番にて六月中旬(じゆん)まで勤(つとめ)。つゞゐて六月廿三日よりそねさきにて頼政をはしめ。初日より八月三日まで入つめ。蔵(くら)入の宜敷(よろしき)事。豊竹氏御贔(こひい)[20オ]屓(き)つよきゆへぞかし。それのミならずあらし芝居売(うり)やしきのよし。太夫本(もと)年来(らい)の望(のぞミ)。折(をり)あしけれどもとめたきねがひ。尤(もつとも)の相談(そうたん)に究(きハ)まり。伝(つて)をもつて地主方(ちぬしかた)へいひ入。まんまと首尾(しゆび)して豊竹芝居と成(な)りぬ。むかしより今にいたり。浄るり太夫芝居ぬしと成(なる)ハ。宇治加太夫豊竹なり。まつたく自力(じりき)にあらず。他力(たき)によつて。是程の大望成就(しようしゆ)せしハ。諸天(しよてん)三宝(ほう)諸見物(しよけんふつ)のおかげ。いよ/\仏神(ふつしん)信厚(しんかう)あるべし。かねて太夫本(もと)。伊勢よりうすやくそく。ゆかねバならぬ首尾(しゆひ)。ぜひなく一座其用意(ようい)。跡の普請(ふしん)ハ[20ウ]一家衆大工の頭梁(とうれう)受取(うけとり)。人数(しゆ)をもつて按(もミ)立けれバ。作者方にハ顔見せ浄るりのこしらへ。太夫元(もと)ハ伊勢より下向の荷物(にもつ)。三方一度(ど)にもミ合(あい)せり合。なんなくかほ見せめ日限(けん)定(さため)。辻札(すじふだ)橋札(はしふた)。はなやかなる舞台(ぶたい)桟(さ)じき。さあ上野がかほ見せしバゐ結講(けつかう)なり。女せミ丸と云ふ外題(けたい)。さこそおもしろからんと。おもひの外(ほか)の大入 見(けん)物も初日を見てせいきをつかし。ひやうしのない出かたり出づかひ。作者のおもひちがひ。巳のとしもつゞいて不作。兎角(とかく)此作者と。太夫本(もと)の相性(あいしやう)あしきかと。ふしんにおもふ折(おり)ふし。作者の[21オ]方より隙を乞(こう)。浄るり不作ゆへ斯成(こうなり)なとげて身退(ミしりぞく)ハ天の道(ミち)と心得(こゝろへ)三十石に夢(ゆめ)むすび都の方へ登られしと也 凡上野是迄の浄瑠璃(るり)数百番有
○ 人一心に誠あれば。天道(てんとう)の恵(めくミ)招(まね)かずして来福(らいふく)仕(す)といゑり。豊竹氏ふけいきなる芝居。何とぞ珍(めつら)しき物と。作者も相応(さうおふ)にかきあつめたるかなそうし。北条時頼(ほうてうじらい)記といへるよりおもひ付。二三人よつて此外題(けたい)を趣興(しゆかう)に。浄るり五段にくミ立ん。いづれも知恵を出されとざいふりまハせバ。並(なミ)木宗助安田蛙文(やすたあぶん)。美若(びしやく)なれ共。浄るり一段も書(かき)かねぬ器量(きりやう) 西沢の下知に任(まか)せ。どをやらかをやら[21ウ]五段をつゝくり。切に最明寺雪の段。太夫本の出かたり厳(きび)しく当(あたり)。卯月八日を初日とし。今月今日まで入詰(つめ)年越(としこし)の浄るりとなれり。是太夫本邪(よこしま)なく。真直成(まつすぐな)豊竹。一芸(げい)をくふうし。此上にも語(かたり)様のこんたん有べき物と。寝(ね)る間忘(わす)れぬ心がけ。殊(こと)に身を高ぶらず。我(われ)とわが芸(けい)ミじゆく成(なり)とおもハるゝハ。芸の上手心の名人といふ物也 尤筑後名人(めいじん)なれ共。修行(しゆきやう)の行年(かうねん)を算(かぞへ)てハ。豊竹はやき立身(りつしん)何れも左(さ)にあらずや 竹氏方聞て。「段/\の長物語(なかものかたり)。老(らう)人のくり事尤(もつとも)なる咄(はな)しなれ共。筑後時代(じだい)にハ。町中今程(いまほと)浄るりもてはやさず。しかるに筑後といふ名人(めいじん)。かたりこなしかミこなして。[22オ]今若人(わかて)の太夫に呑(のミ)こますの道理。此返答あるまひ へいかう/\」老人「尤の返答おもしろし。今世上に竹本豊竹の門弟みち/\たりといへとも。ミじゆくの浄るり誰(たれ)かもてはやさん。名人といハるゝ太夫なれハこそ。東の西のともてはやすにあらずや。たとへて云(いハ)バ名(めい)/\の家職(かしよく)におなじ。我(わか)売物我細工(さいく)をあしきといふ者なし。先(せん)播磨より此流(りう)始(はしまり)。理兵衛。加太夫。筑後。豊竹と。 流義少つゝちがいめありといへとも。つまる所ハ播磨よりわかれ。播磨風を語れハ。いふ程かたるほど費(ついへ)ぞかし。各(をの/\)好(す)ける太夫のふしを稽古し。名(めい)人といハれ給ふかかんよう/\」
 
操年代記上巻 終[22ウ]
 
今昔操年代記(こんじやくあやつりねんたいき)下之巻
目録(もくろく)
 
一 近松(ちかまつ)の揮筆(ふるひふて)
    手習(てなら)ひに趣興(しゆかう)の立消(たちぎへ)
    尋(たつ)て見ても
    あハぬ昔(むかし)の
    筆(ふて)の跡(あと)
 
一 作者(さくしや)知恵(ちゑ)の海(うミ)
    布(ふ)かい物心(ものこゝろ)の走書(はしりかき)
    いひかけと枕言葉(まくらことバ)と
    頓知(とんち)才(さい)かく[目オ]
 
一 太夫衆(たゆふしゆ)の節車(ふしくるま)
    生立(おひたち)から太夫くさい
    風車(かさくるま)
    廻(まハ)りのよい浄るり語(かたり)
    今に尽(つき)ぬは
    義太夫節(ぶし)
 
一 操歌舞妓(あやつりかふき)宝引(ほうひき)
    白(しろい)と黒(くろい)と
    取合(とりあハせ)たる花薄(はなすゝき)
    乱(ミだ)れごゝろ
    競(くらべ)てぞ見(ミ)る[目ウ]
 
今昔操年代記(こんじやくあやつりねんたいき)下
 
井上播磨(はりま)少掾(せうしやう)  藤原(ふちハらの)要栄(ようゑい) 死ス
京都加賀掾(がのじやう)  宇治(うぢ)好澄(よしずミ) 死ス
竹本筑後(ちくこの)掾  藤原博教(ふちハらのひろのり) 死ス
豊竹上野少掾(かうつけのせうしやう)  藤原重勝(ふちハらのしけかつ) 存命
右四座の太夫本を浄瑠璃四天王と号(かう)
 
○筑後芝居相続(さうぞく)如何(いかゞ)と町中門弟(もんてい)おもひの外(ほか)。竹田出雲頓知(とんち)発明(はつめい)より。国姓爺合戯(こくせんやかつせん)といふ浄るりのおもひ付。門左衛門老功(らうこう)の一作。力瘤(ちからこぶ)を出し。文句のはだへうるハしく書(かき)まハしたる筆勢(ひつせい)。[1オ]おもしろく浄るりハ竹本政太夫。竹本頼母。豊竹万太夫右三人にてあしかけ三年持こたへ。見物から子髷(わげ)の道(ミち)行口まねせぬ人なし。筑後掾存命の比あやつり上るりしか/\なかりしが。諸人(しよにん)哥舞妓(かぶき)芝居よりおもしろきともてはやし。次第/\にはんじやうする事。第一作者(さくしや)の趣興(しゆかう)。人形(にんきやう)いしやう。道具まで花やかにこしらへ。手をつくし美(び)をつくせバ。歌舞妓(かぶき)ハ外に成て。浄るりの評判(ひやうばん)はし/\つぢ/\。耳(ミヽ)かしましくおもひ参らせ候○近松門左衛門ハ作者の氏神(うちかミ)也。年来(ねんらい)作(つくり)出せる[1ウ]浄るり百余番(よはん)。其(その)内あたりあたらぬありといへとも。素読(そよミ)するに何(いづ)れかあしきハなし。今作者と云(いハ)るゝ人/\。みな近松のいきかたを手本とし書(かき)つゝる物也。此道(ミち)を学(まな)ぶ輩(ともから)。近松の像(ざう)を絵書(ゑがき)。昼夜(ちうや)これを拝(はい)すべし。又あるまじき達人(たつじん) うやまひおそるべし/\。時に享保九辰十一月廿二日。七十余(よ)才にして此世の見おさめ。今ハの時残(のこ)し給(たま)ふ辞世(しせひ)
 近松門左衛門 性(しやう)ハ杉森(すぎもり)。字名(あさな)ハ信盛(のぶもり)。平安堂(へいあんたう)巣林子(くハりんし)
代/\甲冑(かつちう)の家(いゑ)に生れたから武林(ふりん)を離(はな)れ 三槐(くハい)九卿(きうけつ)につかへて咫尺(しせき)挙(あげ)て寸爵(しやく)なく 市井(しせい)に漂(たゞよい)て商売(しやうばい)不レ[2オ]知(しら) 隠(ゐん)に似(に)て隠(ゐん)にあらず 賢(けん)にして賢(けん)ならず 物知(し)に似て何も知(し)らず 世のまがひもの 唐(から)のやまとのおしえ有道農妓能(きのふ)雑芸(さうけい)滑芸(こつけい)の類(たぐひ)迄知(し)らぬ事なげに口にまかせ 筆にはしらせ 一生(じやう)をさへづりちらし 今ハの際(きハ)にいふべきおもふべき真(まこと)の一大事(じ)ハ一字(いちじ)半言(はんげん)茂(も)なき倒惑(とうわく) 心に心の恥(はぢ)をおもふて七十余りの光陰(かうゐん) おもへば無覚束(おほつかなき)我世(わがよ)経畢(へおハんぬ)
   若(もし)辞世(じせい)ハと問(とう)人あらバ
 夫(それ)辞世(しせい)去程(さるほと)扨(さて)も其後(そのゝち)に
  残(のこる)る桜か花しにほはゝ[2ウ]
 入(にう)寂(じやく)名(なつく)阿耨褥院(あのくゐん)穆矣旦(ほくいたん)具足(ぐそく)居士(こじ)
   不(ず)レ侯(また)終焉(じうゑんの)期(こ)自記(ミづからしるす)
 残(のこ)れとはおもふもおろか埋火(うつミひ)の
  けぬまあたなる朽(くち)木かきして
平安堂(へいあんとう)のながれをくんで一作(さく)なさるゝ人/\近年出来
一 紀(きの)海音(かいをん) 一両年休足  二 竹田出雲(いつも) 手芝居自作
三 松田(まつだ)和吉 是も休足 四 並木宗(なミきそう)助 当年ヨリ作也
五 安田蛙文(やすだあぶん) 西沢一風(にしさハいつふう) 今ハ老人ニて心計
あらまし此とをり浄るりの作者すくなきもの。当(あた)り浄るりハ希(まれ)にして
あたらぬはつね也[3オ]
 
 竹本政太夫 筑後芝居の立物
○ 政太夫ハ中もミや長四郎とて。いまだ角前髪(すミまへがミ)の比より音曲(をんぎよく)をこのミ.あけくれ筑後風(ちくこふう)に心をよせ.まんまと浄るりに成(なり)し比。豊竹京ニて芝居興行(こうぎやう)の節.西沢此仁(じん)を招(まね)き.京都に同道(たう/\)仕(し) 若太夫方にて勤(つとめ)。京を仕舞(しまい)一座のこらず大坂にくだり。新地(しんち)曾根崎(そねさき)の芝居にて。若竹政太夫と名をあらため両年勤(つとめ)。三年め出雲(いづも)方へ住(すま)れ。段/\浄るり実(ミ)のり功者と成。今西の芝居にて筑後替りとならるゝハ。日比音曲に心かけ[3ウ]ふかき故(ゆへ)。諸人珍美(しやうび)する事お手柄(てから)/\。此人の芸をたとへていハゞ荻野八重桐におなじ。なせといへば小兵(ひやう)なれども取(とり)まハりりゝしく。修羅(しゆら)つめなどかゆい所へ手の行(ゆく)がごとし。別(へつし)て段切を大事にかけらるゝハ上手芸(けい)のなす所。去(さる)によつておぎのどのとならべておせ/\の兵(つハもの)。音声(おんせい)の非力(ひりき)ハぜひなし。身の持(もち)やう銀持(かねもち)かたぎ。心すなをにして豊竹どのにおなじけれバ 誰(たれ)そしる人なし。あやかり物/\
 
 竹本大和太夫 竹本芝居の立物
 此人生国(しやうこく)ハ和州(わしう)田原本(たわらもと)の人なり。農行(のふぎやう)をすて此[4・5オ]
 
[挿図] [4・5ウ][6オ]竹沢権右衛門竹本筑後掾出がたりかね入之段辰松八郎兵衛つかい申候口上
 
道を好(すけ)り。若(わか)かりしより竹本を学(まね)び。ついに床(ゆか)になをつて和州(わしう)をめぐり。程(ほと)なく出雲芝居に住(すミ)。舞台(ふたい)に出てかたられしハ。天神記(てんじんき)の天拝山(はいさん)のふし事也。先声(こへ)能(よく)とりまハりおもしろけれハ。突出(つきだ)しより評判(ひやうハん)よし。今の浄るりを聞に。おとし一流(いちりう)かハり。おもひ入にあてん事を第一となさるゝ故(ゆへ)。見物(けんふつ)のうけよし。たとへていハバ嵐三右衛門仕(し)たしにおなじ。何所(とこ)やらびらついて又しやんとした所もあり。地事ふしごと芸(げい)に応(おほ)じ。うれい事あハれに又おかしき筋(すじ)有。是其身(ミ)其音曲(をんきよく)の癖(くせ)有物也。[6ウ]就中(なかんつく)世話(せハ)事よし.今にてハ政太夫と肩(かた)を並べ四分六歩六歩四分也.折/\とんきよなる声(こへ)出るハいかに.よい方ヘハ釣(つる)まじ.しかし声大キにして.かたり出しはんなりと.聞人おしなめ田舎(いなか)に京とハ此太夫と.町中の見物(けんぶつ)とつと誉(ほめ)てとをしぬ
 
  竹本文太夫
 此太夫内名ハふしミや五郎兵衛といふ商売屋(しやうはいや).生(おひ)立よりそろばんを枕(まくら)とし.見(けん)一無頭(むとう)帰市(きいち)倍(ばい)市より割(わり)出し.此一曲(きよく)をまねびいつの比より筑後芝居に出.あるとしハ豊竹をつとめ.又西に有付.今日迄音曲(をんきよく)[7オ]止(ヤ)メず.両役にてかねを儲(もう)ける方便(てたて).いやといハれぬしかけ.先浄るりおとなしく.ふしことこまかに.詰修羅万事功者(こうしや)分なり.たとへていハヾ.杉山勘左衛門同前の芸者(けいしや)にて.浄るりの一躰(たい)を崩(くず)さず.本間にかたらるゝ故(ゆへ)あたりめすくなし.当世ハはすハなるをよしと仕(す).なれ共本間の通(とを)りかたらるゝハ.師(し)のおしへをそむかず仕込(しこミ)の芸(げい)なれば.伊達(だて)なるよりかうたうなるがよし.此うへに三重のたぐひ.おもふ様にあからハ誰にかおとらん.残(のこり)おほひハ一声(こゑ)二こゑにてはんべるであんす
 
  竹本式太夫[7ウ]
 此人陸奥(ミちのく)茂太夫門弟にて.余程功者の太夫なれ共.心のごとく音曲(をんきよく)叮嚀(ていねい)なる仕出し故(ゆへ)あたりめなし.声よく浄るりのわけさつぱりと聞へ.難(なん)ずることたとへかたし.市のや重郎兵衛仕出しにて上下いため行義くづさぬいきかたつがうせり.心がけよくバ次第/\に上落(らく)あるべし.末頼母敷(たのもしき)芸振(けいふり).今気を付給ハねバ立(りつ)身いつをかごせん.唯(たゞ)つめ段切に心をくばりたまへと御(ご)見物申されしハ金言(きんげん)哉
 
  竹本喜太夫
 生立(おいたち)ハ木津難波(なんバ)牛頭天王(ごつてんわう)氏神(うちがミ).守(まもり)めあつて[8オ]はや/\と筑後しバゐに有付給ふ.尤頃日(このころ)の浄るりなれバ.つめ/\.五段目の役(やく)付なれ共.上落(らく)次第役まハりよき物なり.浄るり語リ皆よき場(ば)を第一に稽古(けいこ)仕(し).あしき所を捨(すて)給(たま)ふハ非(ひ)が事なり.人けいこせぬ所を.よくかたりまハさねバ上手の果(くハ)にいたりがたし.惣じて初心(しよしん)の間ハ.詰(つめ)まハりを何(なん)のかのとおもへど.既(すで)に釈迦如来(しやかによらい)もあらら仙人を師と頼(たのミ).難行(なんきやう)苦行(くきやく)こけのぎやう.つもり/\て仏と成(なり).衆生(しゆじやう)たつとむにあらずや.爰(こゝ)を得心(とくしん)有(あつ)て情(せい)出したまへ.追(おつ)付上ゝ吉に成給ハむ[8ウ]
 
 豊竹上野座 竹本喜世太夫
 此太夫以前はりま屋四郎兵衛といひし比より.筑後風をもつはらかたり.其比ハ肩(かた)をならぶる人なし.第一声よく.修羅(しゆら)つめのたぐひ厳(きび)しく段切よし.声に応じてハふしことはんなりとよし.此人道頓堀(たうとんほり)にて櫓(やくら)をあげ.新作にていろ/\の浄るり出されしに.はか/\しからず中ば仕舞(しまひ).其後そねさきにて座本を仕(し).文流(ふんりう)作にて.新浄るりを出しけれ共.しか/\の事なく.陸奥(ミちのく)茂太夫.竹本源太夫.一ッになりてかたられしに.是も立消(たちぎへ)して止(ヤミ)ぬ.それより[9オ]豊竹芝居にとしを重(かさ)ね.午のとし休(やすミ) 其暮よりつとめ給(たま)ふ.惜(をし)きハ此人の音声(をんせい).せつしやあの声(こへ)あらバ誰(たれ)にかおとらん.是心がけうすきゆへと存る.近年の浄るり.前(まへ)/\のかたり様(よう)とハちがひ.頭字(かしらじ)おさへ字わからぬ故文句(もんく)消(きゆ)る様におもハるゝハ玉に疵(きす)なり.心を付てみがきたまハヾ.ひかりの出まひ物にあらず.よく/\工夫(くふう)あるべし 何と左にあらずや.たとわば音羽次郎三郎諸芸(しよけい)のことし.のこりおほひハせりふつぼへゆかぬにおなじ.なれ共大鳥なれば下に置(をか)れず.よく/\たんれんし名人の名を取給へとうん/\[9ウ]
 
  豊竹和泉太夫
此人紙屋理右衛門といひし比より此流をかたりそめ.西の芝居につとめ夫(それ)より東に有付.豊竹(たけ)沢(さハ)太夫と云(いひ).今ハ和泉(いつミ)太夫と呼子鳥(よぶことり)の子.浄るりの器用(きよう)はだハ美濃紙(ミのかミ)なれど.めりはりのないが半切(はんきり)紙にひとし.節事(ふしこと)ハ芳野(よしの)杉原(すきハら).音曲(をんきよく)のきれい成ハ奉書(ほうしよ)におなじ.つめ段切修羅(しゆら)のたぐひ.男の延(のへ)紙遣ふがごとくぬるし.景(けい)事道行(ミちゆき)のふしも相応(さうおう)に付(つけ)かねぬおとこ.音声高からずひくからず.芸(けい)の一躰(たい)花妻(はなつま)どのにおなじく.きれいなると調子(てうし)[10オ]のいきかた同前(どうぜん).何とぞ此人のごとく万事に心をつけ立身(りつしん)あるべし.今(いま)にてハ竹本頼母(たのも)と.になハば枴中(おほこなか)やたへなんにて候 かしく
 
  豊竹品太夫
 此客(きやく)人生立(おいたち)から上野弟子(でし)にて外(ほか)を見ぬ太夫.去年(きよねん)迄(まて)他国(たこく)をかせぎ.享保十年六月の比.身替(ミがハり)弓はり月を少しの間助(すけ)られ.其くれ十月晦日より上野芝居に有付給(たま)ふ.久/\にて音曲(をんきよく)うけ給ハりしに.おもひの外の上洛(らく).声よくはなやかに.乙(おつ)大きにして聞(きゝ)よし.浄るりの一躰(いつたい)中/\功者(こうしや)にて.間(ま)ひやうし[10ウ]あやつりに応(あふ)じよくうつる故(ゆへ).弥(いよ/\)出来(てき)ばへ見物(けんふつ)の受(うけ)よし.去によつて近年(きんねん)のあたり役者(やくしや).沢村音(をと)右衛門と釣(つり)あハせて何とかあらん かふき方云 音右殿との出合おもしろし.実(じつ)あく武道(ぶとう)事.せりふつめ合のたてり.いづれかつり合申ぞ 品方あふとも/\実悪実(じつあく)のせりふ.三浦(うら)弾正(たんしやう)二階堂(かいとう)城之助(しやうのすけ)のたぐひにて知るべし 音右かたに節(ふし)ごとうれいなるか/\ かぶき方 ふしことは浄るりかたらねバ存せず.しうたん事ハ其役なればおろかハなし 品方 然らば此太夫も人形役者(きやうやくしや)にあらねばたてりの事ハぞんぜぬ.功者(こうしや)と間拍子(まひやうし)ハいかに かぶき方 かぶき役者の拍子[11・12オ]と云ふハ.舞(まひ)所作(しよさ)事也.こうしやハおとらじ.拍子も舞所作ばかりにあらず.相手(あいて)を取てつめひらき.間のぬけぬをもつて拍子利(ひやうしきゝ)と申す.然らバおせ/\又五歩/\にて申分なし.兎角(とかく)音曲のたんれん工夫(くふう)有べし
 
  豊竹伊織太夫
 此人よしのや喜右衛門とて.道頓堀(たうとんほり)に料理屋を商(しやう)ばいして居られしが.出火の後(のち)豊竹座に住(すま)れ.今豊竹伊織太夫と云ふ.声(こへ)よくふし事道行(ミちゆき)のつれよし.つめ修羅(しゆら)のたぐひ.次第/\に上洛(らく)すべし いつまでも上野殿に付(つい)て廻(まハ)り.浄るり修行(しゆきやう)あらば.[11・12ウ]追付(おつつけ)上手(す)に成給(なりたま)ハん 末(すへ)頼母敷(たのもしき)身のうへ。是によつて山本京四郎とつき合して如何(いかゞ)といへば かふき方 それハどう仕(し)たおもハくと云。されば京四郎殿いまた美若(ひじやく)にして。ぬつと出られし舞台つきどうも云(いハ)れず。され共行年(かうねん)なき故(ゆへ)しか/\の評判(ひやうハん)なし。追付(おつつけ)立身(りつしん)有芸者(げいしや)。それによつて此人とならぶる事非(ひ)がことならず。とかく芸者(しや)ハ善悪云(いハ)るゝ間がはながのあるお茶。うまひあぢないいかれぬハ。めい/\の損(そん)と知(し)るべし あなかしこ/\
 
  豊竹新太夫
 此客も去(きよ)年よりつとめ給ふ。元来(くハんらい)商人(あきんど)にて有しが。[13オ]
 
[挿図] [13ウ][14オ]野沢喜八郎 豊竹上野少掾出語 豊竹和泉太夫 近本九八郎 藤井小三郎 中村彦三郎口上 
好(すけ)る道(ミち)とてついに浄るりかたりとなれり。時頼(らい)記のつま/\語られしに。見物評(ひやう)にかけぬハ先あしきにあらず。床(ゆか)馴給(なれたま)ハヾいやミハのく物也。先かつかうより太物(ふともの)やにて。なんでもかでも御座(ござ)れ/\。間にあハさんと昼夜(ちうや)の本ぐり尤なる心かげ也。芸者(げいしや)にかぎらずかせぐにおひつかぬといふ事なし。いまだ初心(しよしん)の内(うち)なれハよしあしいふ事なし。跡替りの役を見て評(ひよう)を申(もふ)さん。今にてハ此人の音曲どくにも薬(くすり)にもならぬ芸者(けいしや)。兎角(とかく)情(せい)の一字(じ)を忘れず。口のあかるゝ程あいて。音曲(をんきよく)大きにかたり給(たま)へ わすれたまふな[14ウ]
 
 江戸出羽芝居 竹本国太夫
 此国太夫大坂天神橋筋農人橋辺(へん)にて.昆布(こふ)屋弥兵衛といひし商人(あきんと).仕似(しに)せの見世を振捨(ふりすて)筑後になづミ.雨の夜も風の夜もかよひ小町.なんなく浄(しやう)るりの間にあふむ小町と成(なり).片時(へんし)もはや筑後芝居ゑ出んと.あけくれ心関寺小町.ついに床に直(なを)つて語らるゝ.尤浄るり小兵(ひやう)なれ共.気をつけらるゝ徳(とく)にハ.ふしこと地事よし.修羅(しゆら)つめのたぐひちと甲斐(かい)なき音声(をんせい).近年(きんねん)江戸にくだり一座(さ)の立者(たてもの)と成.今国(くに)太夫と称美(しやうひ)せらるゝハ仕合.此太夫と市川団十郎[15オ]芸(げい)とくらべて.いづれか甲乙(かうおつ)あるべし.お見立のほど承(うけたまハ)らんと申ける.仰におよバずくらべんも.役者(やくしや)ハあいミたがい事.仕かたと身振(ミぶり)音曲(をんきよく)ハ.雪(ゆき)と墨(すミ)とのちがひ有.なれども此人おなじミの団十殿にあひ同じ.あたり役者の市川にあやかる為(ため)の競物(くらべもの).出世の程ハかぎりなし 随分(ずいぶん)気(き)をつけ名人の.名を取給(たま)へと夕告(ゆふつげ)の.鳥が鳴(なく) 鐘(かね)がなる.声にひかるゝ浄るりと みな/\あしをはやめける
 
  豊竹嶋太夫
 東西/\ちくとんばいほめまらしよ.此人堺(さかい)ゑひす嶋[15ウ]より出現(しゆつげん)のおとこ 御(ご)らうじ付らるゝ通(とをり)めんていにがミはしり.笑顔(ゑかほ)のよい公平(きんひら)つくり.ちよつと見た所小相撲(すまふ)一ばんもひねりかねぬ風俗(ふうぞく).なれ共人ハかたちによらず.心ハぼんじやりほやりと.憎(にく)からぬかたぎじやわいなあ 此太夫生立(おいたち)より豊竹にかしづき.外を知らぬ浄るり太夫。然るに江戸座より達(たつ)て頼(たのま)るゝ.元(もと)より修行(しゆきやう)の為と.巳の年のくれ江戸にくだり.国太夫と一所につとめ評判つゞいてよく.午(むま)ひつじの年(とし)もとめられせひなく勤給(とめたま)ふ.是芸の上洛(らく)ゆへ也.第一音声にほひ有て遠音(とをね)をさし.修羅[16オ]詰のたぐひきびしく.文句のあやぎれよく聞ゆる是第一なり.尤丹(たん)前哥事の類(るい)少し申分(ふん)あれ共.だん/\上手に成(なり)給ふうヘハ重(かさね)て申さん.今此位(くらい)の浄るりをかぶきやくしやにたとへていハヾ.松本幸四郎也とハいかに.はて松本のあら事.嶋太夫のはしかい音曲.松本の丹前と嶋太のふしこと.松本の実(じつ)事と嶋太のうれいこと.松本のきりやうと嶋太の器量(きりやう)とハ.哥舞妓(かぶき)とあやつりのちがひ.嶋太に真鳥かづら大口ひたゝれを着せ.しやく持て拍子をとらし.大友の真鳥(まとり)の三段目か承(うけたまハり)たひ[16ウ] 神(しん)八まんどうもたまる物でハハツアあるまひと敬(うやまつ)て申ス
 
  豊竹三和太夫
 此人内匠(たくミ)理太夫の忘(わす)れがたミ.雅[稚](おさな)名(な)ハ勝(かつ)次郎と云(いへ)リ 十五歳の時辰松八郎兵衛同道にて和哥(わか)山へくだり 出かたり生玉八景を語られし事有.夫(それ)より浄るり修行の為(ため)諸国(しよこく)にくだり.卯の十一月朔日(ついたち)よりはじめて豊竹座に有付.三和太夫といへり.第一器用(きよう)者にて手跡(しゆせき)よく.三味線(さミせん)ひく.ふしのうけ取本ぐりはやし.行年(かうねん)つもらねど見物難(なん)を云(いハ)ず.三年上野の膝(ひざ)元さらず.大鳥(とり)もまれし故(ゆへ)音曲(をんきよく)に[17オ]実(ミ)のること其身の仕合.第一地事景(けい)事道行のたぐひよし. つめ詞少しつゝ申分(ふん)もあれど.美若(ひじやく)に応(おふ)じてハ上手ぶん也.音曲一通(とを)りなんでもやらるゝ.是三絃(さミせん)弾(ひか)るゝ徳にて.間(ま)拍(ひよう)子よし.**此人とあらし三五郎とハ当初下(くだ)初顔(かほ)見せ.先(さき)立てあらしの評判(ひやうハん)あたりのよし.此人におなじく万事器用なる芸者(けいしや).あたらいでハと.おもふほしをくらハせし金貝(かなかい)の揚弓(やうきう).三和殿も是にあやかり是に対(つい)して御(ご)評判.お江戸のわかい衆.すミから角(すミ)までつらりと頼(たのミ)上ます[17ウ]
 
  豊竹染太夫
 是も豊竹門弟(もんてい)にて。いまだ未熟(ミじゆく)成(なり)し比より豊竹流(りう)をかたり。余程(よほと)音曲(をんきよく)実(ミ)のる時分(しぶん)江戸に下(くだり)。辰松八郎兵衛座(ざ)を勤(つとめ)。夫より下総(しもおさ)の長子(ちやうし)にくだり。芝居をはじめ。御贔屓(ごひいき)の若衆(わかいしゆ)。其外あまたの御見物を引請(うけ)。あたり厳(きび)しく又江戸に帰(かへ)り。出羽(でハ)芝居を勤(つとめ)給ふ。行年(かうねん)積(つもり)し故(ゆへ)浄るりのいやミぬけ今ハ聞(きゝ)よし。前(まへ)方よりつめ修羅のたぐひよし。ふしことも相応(そうおふ)にかたらるゝ。なれ共本地(ぢ)のそバをとをさかり給(たま)ヘハ。つまる所音曲(をんきよく)我儘(わがまゝ)なるべし。坂田半五郎殿にあやかつて[18オ] ほど拍子(ひやうし)こんたん有べし。諸芸(しよけい)仕上(しあけ)追付(おつつけ)故郷(こきやう)へは錦(にしき)の土産(ミやけ)。今一度(と)難波の一曲(きよく)一かなで所望(よもう)仕承(うけたまハ)りたひ事でごわります
 
  竹本森太夫
 此仁(じん)も大坂よりくだりし太夫。此芝居に足(あし)をとめ。今森太夫と御見物の口にかゝり給ふも浄るりのいとく。当代(たうだい)此流義(りうぎ)口まねすれば。野(の)の末(すへ)山の奥迄も下に置(をか)ず人/\もてなす事竹本の影(かけ)おろかにおもふべからず。同芸(げい)者にても。かぶき役者(やくしや)独旅(ひとりたひ)して諸(しよ)人もてなす事なし。爰(こゝ)へもかしこへもと呼(よひ)まハるハ義太夫ぶしきかん為(ため)也。[18ウ]其うへ相応(さうおう)のこれしき取て能(よい)事だらけ。かうじ/\て声(こへ)を失(うしな)ふ物也。此人の音曲(をんきよく)未(いまた)実(ミ)のらねど。行年にしたがひ段/\上洛(らく)いたすへし。とかく本ぐりを大事(たいじ)にかけ。朝夕(てうせき)稽(けい)古本をはなさず近学(きんがく)あるべし/\
 
辰松八郎兵衛座 豊竹倉太夫
 浪花(なにハ)堀江(ほりへ)に住宅(ちうたく)し。豊竹(とよたけ)上野の門弟と成(なり)。おりふしハ床(ゆか)にあがつて稽古(けいこ)し。余程語らるゝ内江戸辰松登(のぼ)り合(あハ)せ。浄るりの音声(をんせい)を聞(きゝ)。給銀(きうぎん)のおりのり究(きハめ) 武州(ふしう)に同道(だう/\)し。初(しよ)日より評判(ひやうバん)よく倉殿(くらとの)の仕合。なれ共折(をり)/\とんきよなる声(こへ)出るが気(き)の毒(どく)。是[19オ]も大坂にて聞しより耳(ミヽ)にかゝらぬよし珍重/\。兎角(とかく)修行(しゆきやう)がかんじんかなめ。今少し心を付て語(かた)り給ハバ。段/\立身(りつしん)あるべし。世話(せハ)事丹前(たんぜん)事の類(るい)かいなし。詰(つめ)しゆら事よし 市川団蔵と組合(くミあハ)して。あらいこと武道(ふだう)の詰合(つめあい)立(たて)りおなじ。市川ハ手取(てとり)の役者。此人ハミじゆくの芸(けい)。しかし辰松座の立物(たてもの)なれバ。ちよつと団蔵とのをかりまして傍(そバ)に置(をく)ばかり。せつしや不調法(ふてうほう)ハ御免(こめん)/\
 
  竹本勘太夫
 此人道頓堀(とうとんほり)。嶋(しま)の内(うち)にて畳(たゝミ)屋町の何某(なにかし)。仕似(しに)せ[19ウ]の商人成しが。好る道とてぜひなく浄るりにおもひそめ終に竹本勘太夫と宿札打 弟子も少しあるときハかぶき芝居に出。浄るり狂言のあい/\を語り。それより江戸にくだり。辰松座にて勤此芝居の立物 見物のあたりも大てい。尤功者といふにもあらす世間並の浄るり。若鳥(わかとり)なれど大坂から江戸へ飛(とん)で飛損(とひぞこ)なハず 今日迄羽をのして乙(おつ)にハあらず かん太夫ともてはやさるゝハ。小鳥なれ共囀よき故なり。修(しゆ)羅詰節事世話事大てい難(なん)ずる事なし たとヘハ市村竹之丞にあやかり。出世(しゆつせ)仕(する)様のこんたんあるべし。市村殿も年若此人も美若(ひじやく).若(わかい)ハ互(たがい)。竹之丞殿の如(ことく)御贔(ひい)屓を[20オ]受 随分修行の功を重(かさ)ね上手の果に至り給へとしかいふ
 
  竹本佐内
 此人ちくごの甥(おい)のとの也。竹本存命(そんめい)の×(かほ)見ぬ人。此佐内とのを能見たまへ。其儘の御影(ゑい)割すに のたとへ。お×(かほ)の似ぬハ苦しからす 浄るりがあやからしたい。なれ共瓜の蔓(つる)に茄子ハならず。筑後程にこそなけれ。音声の筋どこやら伯父くさい あの声をもつて節事何か心かけあらバ。筑後二代の太夫ともてなさんに残念 定めし御如在(ちよさい)もあるまじけれど。心より発(おこ)らぬ道心(たうしん)末(すへ)とげがたし.惜(をし)ひ事と此人の噂計申出しぬ。一とせ豊竹座に住(すミ)。節ごと一つ宛(つゝ)毎(まい)日がへに語られし時ハ。筑後の[20ウ]最来(さいらい)かと思ひ出し らくるい仕りぬ。是も伯父御の影おろかにおもひたまふな。いつしか江戸座に有付。今日迄首尾(しゆひ)能(よく)勤給ふ事お手柄/\。此上にも情を出し稽古をはげミ。追付上手と成給へ。たとへていヾ此人の音曲勝山又五郎と並(なら)べおせ/\か。いひや何も角(か)も勝山との
 
  竹本今太夫
 近年筑後風はやり出し。江戸表の浄るり太夫あるひハ土佐節(とさふし)半太夫節。永閑(えいかん)さつま。此類(るい)の浄るり消(きへ)/\と成ぬ。今若衆(わかいしゆ)専(もつハら)稽古(けいこ)なさるゝハ。竹本豊竹風。此太夫もと江戸の住(ぢう)人成が。こつずいより此流すき人と也 辰松座に[21オ]出.大坂下の太夫同前に語(かた)らるゝハ.奇特(きとく)とやいハん末頼母敷浄るり 今善悪の筋のべがたし.素人(しろと)細工にハ御器用とくと上方(かミかた)の太夫のかたり様を聞 節配(ふしくバり)。詰(つめ)の差引覚ぬいて.追(おつ)付上手に成たまへ。大坂から抱(かゝへ)に参る気ざし。急便(きうびん)ゆへさつと一筆爰(こゝ)にてとめ畢ぬ
 
▲ 右之外浄るり太夫江戸京大坂に満(ミち)/\たりといへとも 大坂江戸の芝居へ出給ふ計をのせ 其外(そのほか)ハ略(りやく)す
 
 今昔操年代記 終 摂州大坂南木挽町
 
享保十二のとし      作者   正本屋九左衛門
ひつしの孟春吉辰     開板人   同前[21ウ]
 

 
江戸(寛政8年9月)版 参照 石割松太郎「贋版操年代記」(世話もの談義p105-108)
「序文は「浪花其末葉」を流用、本文は享保版『今昔操年代記』中、上巻「浄瑠璃来暦」と下巻の近松門左衛門の辞世までを収め、その後へ豊竹三和大夫の項を借用して新しく補筆している。」(浄瑠璃評判記集成 下 解説)。目録、挿絵はない。以下は序と補筆部分
日本庶民文化史料集成、浄瑠璃評判記集成 下、霞亭文庫(920)を参照した。 
補筆部分以外での江戸版の丁付けは本文中< ! - -  - ->内に漢数字で表示してあるので、テキスト(ソース)ファイルとして参照されたい。
 
琵琶法師(びわほうし)が平家を語 扇子掻(かき)ならして拍子(ひやうし)取 是かや小野のお通(つう)がむかしかたり 仮初(かりそめ)に筆を染(そめ)たるも いつれ音曲の始として 終(つい)に井上播磨がなき面影(おもかげ) 今竹本の末廣(ひろ)く 陸奥茂太夫がいにしへ尽(つき)ぬうき世のかず/\ ゑしのぬ事を書つらね あやしき鬼(おに)のうれひ 幽霊(ゆうれい)の所作事 知らぬ国々の風景も 偽(いつわり)まじりに文花をつくせバ それ/\の節章(ふししやう)清濁(せいたく)のわかちをなして 人々の目を驚(おどろ)かし耳(ミヽ)をさハがす 是も又怪力(くわいりき)乱神(らんじん)の咎(とが)にや落(おち)ん 我も又それ[序オ]になぞらへ ゑしれぬ事を書つゞりて 浪花(なにわ)其末葉(そのすへは)と題(たい)する而已 
丙寛政八辰九月
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天和元歳ヨリ
   寛保二年迄
六十五歳之評判
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寛保ヨリ寛政九年迄
五十五歳之間評判ハ
巳正月十五日ヨリ
売出し申候
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都座桐座彦山権現館当リ役者評
九月廿五日ヨリ売出し
申候間御らん可被下候 以上[序ウ]
 
この間、本文は上方版参照
 
[廿ウ]ひかるゝ徳によつて間拍子よし [上方版の**から以下に続く]よほと音曲(おんきよく)実のる時分 此年二十三才 享保十午年江戸へ下リ 辰松八郎兵衛座を勤 それより下総(さのくに)国銚子(てう)へ下リ芝居を始メ 御ひいきの若衆その外あまたの御見物引うけあたりきひしく 又江戸へかへり出羽芝居をつとめ給ふ それより大坂へ登り竹本座にすミ内匠大夫と改 延享三年の冬豊竹座をつとめ しゆれうして上野掾となり 同四年の冬竹本座にすみ大和掾としゆれうし それよりほとへて明和二御当地へ下ル[廿一オ]中芝居へ下られし評判記己正月十五日ヨリ売(うり)出申候 其節御求御覧可被下候 以上
豊竹越前少掾始(はし)若太夫 享保三戌正月二日上野掾と受領(しゆりやう) 同十六年九月九日越前掾改名受領 蓬莱(ほうらい)山出語(かたり)祝義ワキ和泉太夫三張竹沢東四郎 寛保(くわんほう)二戌とし御当地肥前座へ下リ 其節同〃に下りし豊竹駒(こま)太夫三張竹沢東四郎人形若竹東九郎同若竹伊三郎作者並木宗補(そうすけ)筆者亀喜(かめき)以上七人下りける 諸見物さそなん並木江戸逗留中おもしろき新作[廿一ウ]あらんと評判せしゆへ 則新上るり出きの内 正月二日より田村磨鈴鹿合戦を致したり 越前掾御目見へ 北条時頼記五段目鉢木雪の段 出語り ワキ肥前掾相勤けり 大当 時に宗補新作上るり出来して二月朔日より名題は石橋山鎧襲とゆふ上るり 二段目豊竹彦太夫 三ノ切越前掾 四の中ゑちぜん 枕ものぐるいツレ豊竹冨太夫 三味線竹沢東四郎 此老の波枕ふし事此文句に 見いれば見渡すさをさしやとゞく[廿二オ] なせにとゞかぬ我おもひ ほんにさ/\ 此文句江戸中に口まねせぬものなく大評判(ばん)切(きり)駒(こま)太夫役場(やくば) 人形役人森竹幸五郎辰松六三郎西川新十郎豊松国三郎右之上るり九月迄 名残(なこり)上るりとして雪(ゆき)の段(たん) 是も江戸中猫(ねこ)もしやくしも首(くび)すじもとにひや/\/\と 人皆(みな)口まねせぬものなし 此雪(ゆき)の段ハ越前掾ゑてものにて 大坂にても此時頼(しゆらい)記を初て致セし古今の大当(あた)にて足(あし)かけ三年いたし 無類(むるい)の大入にて比条蔵(ほうでうぐら)と[廿二ウ]いふ蔵迄立し程のはんじやういたせしとなり 右豊竹越前掾ハ当寛政八辰年九月十三日三十三回忌に相当る 依て為追善法名こゝにあらわす
元祖豊竹越前少掾
法名  八十四歳終言
一音院直覚隆信日重居士
明和元甲申年九月十三日
 
次に操歳代記(あやつりねんたいき)を出板いたし 夫に越肥師弟の伝をのべ称名にかへんと也 あら名人のほまれハ朽ずして末の/\迄も栄ふハゆたかなり 豊あしハらの豊竹か音曲の名跡をとふものならんかし[廿三終オ]
巳年 宝暦十四年筑後一座御当地へ下られし評判 明和二年大和掾御当地へ下られし評判 くわしく書あらわし御目にかけ申候
座子十(さこじう)政太夫三十三回忌
名古屋播磨(はりま)太夫三十三回忌
追善(ついせん)書あらわし御目にかけ申侯 次に中昔名人素人(しろと)浄るりひやうばん仕 巳ノ正月ヨリ売出し申候間 其節御求御覧可被下候 以上
丙寛政八
辰九月吉日
 
             伊勢丁裏川岸
             本清板[廿三終ウ]
 


提供者:山縣 元 さん(2004.09.16)
(2014.09.06)